大阪地方裁判所 昭和61年(行ウ)30号 判決
原告
株式会社岩崎経営センター
右代表者代表取締役
岩崎善四郎
原告
熊野実夫
原告
小坂静夫
原告
川端悦子
原告
植田肇
右五名訴訟代理人弁護士
辻公雄
同
森谷昌久
同
木村哲也
同
大西裕子
同
原田豊
同
松尾直嗣
同
吉川実
同
桂充弘
同
井関和雄
同
松井元
同
伴純之介
同
井上善雄
同
小田耕平
同
坂口徳雄
同
国府泰道
同
斉藤浩
被告
大阪府知事
岸昌
右訴訟代理人弁護士
井上隆晴
同
柳谷晏秀
同
青本悦男
右指定代理人
中山義英
外三名
主文
一 被告が、原告株式会社岩崎経営センターに対し、昭和六〇年一〇月一四日付でした公文書非公開決定処分及び被告が、原告熊野実夫、同小坂静夫、同川端悦子、同植田肇に対し、同日付でした公文書非公開決定処分をいずれも取消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
原告らは、大阪府の住民であり、被告は、大阪府知事として、大阪府公文書公開等条例(以下「本件条例」という。)二条四項の実施機関である。
2 本件各処分の存在と不服申立経由
(一) 原告らは、被告に対し、昭和六〇年一〇月一四日、本件条例七条一項の規定に基づき、次のとおり、公文書の公開を請求した(以下、これを「本件請求」という。)
(1) 公文書公開の実施方法
閲覧及び写しの交付
(2) 請求に係る情報の内容
昭和六〇年一月ないし三月(以下「本件期間」という。)に支出した被告に係る交際費についての会計伝票、経費支出伺、債権者の請求書、支出伝票、領収書、参加者名簿、予算差引簿。
(二) これに対し、被告は、同年一〇月二九日、原告株式会社岩崎経営センターに対しては、大阪府秘第二六号、その余の原告らに対しては、同秘第二七号の部分公開決定通知書をもつて、本件請求に対応する公文書は、同年一月ないし三月に支出した交際費に係る経費支出伺、支出命令伺書、債権者の請求書、領収書等の執行の内容を明らかにした文書、歳出予算差引表と特定し、経費支出伺、支出命令伺書、歳出予算差引表を公開する旨決定、通知したが、債権者の請求書、領収書等の執行の内容を明らかにした文書(以下「本件文書」という。)につき、以下の理由で、非公開とする旨決定し(以下、右非公開に関する部分の各決定を「本件各処分」という。)、同年一一月一日、原告らに対し、その旨通知した。
(1) 本件条例八条四号、五号に該当する。すなわち、本件文書に係る情報は、執行機関である知事が、その行政執行のために必要な外部との交際上必要な経費に関する情報であって関係者との渉外、交渉、調整等に関する情報であり、いずれも公開することにより関係者等との信頼関係を損なうことになるなど、今後とも必要な渉外、交渉、調整等の公正かつ適切な執行に著しい支障を及ぼすおそれがある。
(2) 本件条例九条一号に該当する。すなわち、本件文書に係る情報のうち、知事の公務上の交際に係る相手方である個人に関する情報は、当該個人が識別される情報であるとともに、その職業、地位等に関する情報であって、一般に他人に知られたくないと望むことが正当である情報である。
(3) 本件条例八条一号に該当する。すなわち、本件文書に係る情報のうち、支払先、金額、支払年月日等支払先である事業を営む者に関するものは、当該営業者の事業に関する情報であり、これらは公開することにより、営業者の取引上、経営上の秘密が明らかとなり、事業活動への支障が生じ、当該営業者の競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがある。
(三) 原告らは、本件各処分を不服として、同年一二月二七日、被告に対し、異議申立をしたところ、被告は、昭和六一年四月七日、右異議申立を棄却する旨決定し、その決定書は、同月一〇日、原告らに送達された。
3 本件各処分の違法性
しかし、本件各処分は、本件文書が、なんら本件条例の非公開事由に該当しないにもかかわらず、該当するとしてなされた違法なものである。
4 よって、原告らは、本件各処分の取消を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2(一) 同2(一)の事実は認める。
(二) 同2の(二)の事実は認める。但し、本件各処分の決定書が原告らに送達されたのは、昭和六〇年一〇月三一日である。
(三) 同2の(三)の事実は認める。但し、異議申立棄却の決定書が原告らに送達されたのは、昭和六一年四月九日である。
3 同3の主張は争う。
三 被告の主張
1 本件文書の成立経緯及び内容
本件文書は、被告たる大阪府知事の交際費に係る債権者の請求書、領収書等の執行の内容を明らかにした文書であるが、その文書の成立経緯及び内容は次のとおりである。
(一) 被告は、大阪府(以下「府」という。)を代表して、国その他の公共団体関係者、諸外国使節をはじめ極めて広範囲かつ多数の関係諸団体、関係者との渉外、交渉、調整等の対外的な折衝の職務を遂行している。知事交際費は、知事がこうした職務を行うにあたって必要な外部との交際上要する経費であり、その内容は、慶弔、見舞い、賛助、協賛、餞別及び懇談に関するものである。
(二) この知事交際費の支出は、経費の性質上、即時現金払いの必要があるため、地方自治法二三二条の五、同法施行令一六一条一項一四号、府財務規則四一条一一項の規定に基づき、資金前渡の方法によってなされている。具体的には、議会が議決した予算の範囲内において、経費支出伺、支出命令伺によって毎月一定額の現金の前渡を受け、これを資金前渡職員である知事室秘書課長が保管し、必要に応じて支払に充てる。
(三) 本件文書は、このようにして前渡を受けた資金を現実に交際費として執行するに際し、支払先から受取る請求書や領収書、またそれらが通常得られない慶弔、見舞い等の場合には、その支出を証する書類である。したがって、そこには支払先の氏名、支払の目的、支払金額、支払日の情報が含まれており、さらに例えば慶弔などで物品が渡される場合には、渡される相手の氏名、物品の内容の情報も含まれている。
2 本件各処分の適法性について
本件文書は、次に述べるとおり、公文書公開制度の適用除外条項である、本件条例八条四号、五号、九条一号、八条一号に該当する文書であり、被告がこれを公開しないとした本件各処分は適法である。
(一) 本件条例八条四号、五号該当事由
(1) 本件条例八条四号は、府の機関又は国等の機関(以下「府機関等」という。)が行う調整等に関する情報が記録されている公文書について、公にすることにより、当該若しくは同種の調整等を公正かつ適切に行うことに著しい支障を及ぼすおそれのあるものは公開しないことができるとし、また、本件条例八条五号は、府機関等が行う交渉、渉外等の事務に関する情報が記録されている公文書について、公にすることにより、当該若しくは同種の事務の目的が達成できなくなり、又はこれらの事務の公正かつ適正な執行に著しい支障を及ぼすおそれのあるものは公開しないことができるとしている。
(2) これは、行政の事務事業の計画、調整段階に関する情報(四号)及び行政の事務事業の実施段階に関する情報(五号)が記録されている公文書について、これを公開することによって、必要な情報又は関係者の理解、協力が得にくくなったり、府にとっての経済的利益又は社会的信用を低下あるいは喪失させるおそれのあるものは公開しなくともよいことを定めたものである。そして、ここでの「調整等」とは、調整、検討、審議、協議、打合わせ、相談等をいい、「交渉」とは、相手方との話合いによる取り決めを行うことをいい、「渉外」とは、外国、国、地方公共団体、民間団体等と行う府の行財政運営等の推進のための接遇、儀礼、交際等に係る事務をいう。
(3) ところで、知事は、前記1の(一)のとおり、府政の円滑な行政執行のため、極めて広範囲かつ多数の関係者と調整、協議を行ったり、交渉を行ったりなどしており、また府の行財政運営等の推進のために極めて多数の各種団体、機関の関係者等に対する接遇、儀礼、交際等の渉外事業を行っているうえ、それらの多くは反復継続されるものであるから、それら職務の遂行に当たり必要として支出された交際費は、それらの事務と密接不可分のものであり、本件文書は、これらの事務と直接あるいは間接に関連する情報が記録されているものである。
(4) このような文書が公開され、そこに記録されている情報が公にされると、交際費の内容、支払われた相手先などが明らかになり、したがって、知事の交際の範囲、内容、程度等が知れるところとなることは必須であり、そのことによって相手方その他の関係者との信頼関係を損ない、その理解と協力が得られなくなるなど、前記事務若しくは同種事務の公正かつ適切な執行に著しい支障を及ぼすおそれのあることは社会通念上明白である。なお、交際費については、右のような観点から、行政事務においても、監査委員が、地方自治法一九九条一項の規定により、交際費について監査する場合、その費目の性質上、その内容まで監査することは適当でないとされているし、また議会の請求による監査(同法九八条二項)や、有権者の五〇分の一以上の連署を要件として実施される監査(同法七五条)においても、その費目の性質上、監査結果の公表に当たっては、特別な配慮が必要であるとされている。
(二) 本件条例九条一号該当事由
(1) 本件条例九条一号は、個人の思想、宗教、身体的特徴、健康状態、家族構成、職業、学歴、出身、住所、所属団体、財産、所得等に関する情報が記録されている公文書について、特定の個人が識別され、一般に他人に知られたくないと望むことが正当であると認められるものは公開してはならないとしており、これは、個人のプライバシー保護の観点から個人のプライバシーに関する情報について例示し、当該情報の公開禁止を定めたものである。
(2) 本件文書は、前記1の(三)のとおり、被告の支出した交際費の相手方の氏名、内容等の情報を含んでいるのであるから、個人の職業、所属団体や社会的地位、評価等に関する情報が記録されている文書であって、当該特定の個人が識別されるものであり、このような知事との交際の有無、程度等を明らかにし、ひいては、個々の交際の重要度を示す情報は、一般に他人に知られたくないと望むことが正当であると認められるものである。
(三) 本件条例八条一号該当事由
(1) 本件条例八条一号は、法人等に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報が記載されている公文書について、公にすることにより、当該事業者の競争上の地位その他正当な利益を害すると認められるものは公開しないことができるとしており、これは、公文書公開により、事業者の正当な利益を害することを防止する観点から定められたものであって、そこでの「競争上の地位を害すると認められるもの」とは、生産技術上のノウハウ、取引上、金融上、経営上の秘密等、公開されることにより、公正な競争の原理を侵害すると認められるものをいい、「その他正当な利益を害すると認められるもの」とは、事業を営む者に対する名誉侵害、社会的評価の低下となる情報など必ずしも競争の概念でとらえられないものをいう。
(2) 本件文書は、前記1の(三)のとおり、交際費の支払先の氏名、内容等の情報を含んでおり、このような文書を公開すれば、当該事業者にとっては、取引先、取引金額、単価、集金状況といった取引内容に関する情報、すなわち当該事業者の営業上の情報を明らかにすることとなって、同業者間での競争上の地位その他の正当な利益を害することとなり、ことに当該事業者が接客業である場合には、その利用者の氏名等や利用内容を他人に明かさないことが信用を保つ上で重要であるところ、これらの利益をも害することとなる。
四 被告の主張に対する原告らの認否
1 被告の主張1の事実は知らない。
2 同2の事実中、本件条例の各規定の内容は認めるが、その余の事実は否認し、その主張は争う。
五 原告らの反論
1 本件条例解釈上の留意点
(一) 本件条例は、前文で、府の保有する情報は、公開を原則とし、非公開はあくまで例外としているものであり、したがって、本件条例八条(公開しないことができる公文書)、同九条(公開してはならない公文書)に該当するか否かの判断に当たっては、厳格かつ限定的に解釈されなければならず、不当に拡大して解釈されてはならない。非公開事項を不当に拡大して解釈すれば、本件条例は、その本来の理念とは正反対に、秘密保護条例として機能することになりかねない。
(二) 本件条例の非公開事項の内容は、実質的に秘密にすべき理由の認められたる事柄(実質秘)であることを要し、また秘匿すべき実質的な理由が後に消滅した場合には、その時点で当該情報は公開されるべきであり、また秘匿すべき部分とそうでない部分とが分離可能であって、分離しても情報としての価値を失わないものについては、秘匿すべき部分を削除してでも公開すべきである。本件文書は、本件期間中に支出した被告の交際費の使途を明らかにした文書であり、本件請求が同年一〇月であり、過去の文書であって、秘密性に乏しい。
(三) 本件条例八条四号、五号の判断については、当該情報が意思を形成する根拠となる事実(それに準ずる情報も含む。)か、意見かを検討しなければならない。なぜなら、情報公開の目的は、公益判断に際して、行政も市民も共通の事実に基づいて判断することがフェアであるとの考え方からくるものであり、また事実の公開により、調整等に著しい支障を生ずるということはあり得ないからであって、特別の事情により支障が生ずる場合は、その事情を被告が個別的、具体的に立証すべきである。したがって、行政内部の意思形成過程で出される様々な意見は、それが公開されると職員相互の自由な意思疎通や、意思形成が妨げられるので、非公開とされなければならないが、意思を形成する根拠となる事実、たとえば具体的な統計数字、調査報告書、会計帳簿などは公開されるのが原則である。
(四) 本件条例八条一号、九条一号の判断については、公開を求める公益と相手方(慶弔費を受ける者、当該事業者)の利益とが調整されなければならず、これは公益と私益との比較衡量によるが、本件のような場合は、公開を原則としている以上、被告において、交際の相手方の利益が公開による公益を上回ることを立証しなければならず、しかもその立証は、抽象的、一般的であってはならず、具体的、個別的に立証されなければならない。
2 本件条例の非公開事由の該当性について
(一) 本件条例八条四号、五号該当性について
本件条例八条四号は、行政内部の意思形成過程で出される様々な意見が公開されると、職員相互の自由な意思疎通や、意思形成が妨げられるため非公開とする規定である。また、同条五号は、立入検査等、事務・事業の性質・目的からみて、執行前あるいは執行過程で、情報を公開することにより、当該事務・事業の実施目的が失われるような場合を非公開としている。そこにおいて非公開の対象とされているのは、調整、交渉、渉外等の中身であり、しかも、調整等の中身と債権者の請求書や被告の領収書等は、明らかに分離可能である。すなわち、前者は、調整等の実質的な中身であるし、後者は形成的な帳簿の類であり、前者は、意見の範疇に入るものであって、後者は、意思を形成する根拠となる会計事実である。このような事実は、民主主義国家においては、その判断の基礎になるものであり、公開が原則であって、単に密接不可分というような抽象的な理由で、非公開にできるものではなく、被告は、なぜ密接不可分ならば、非公開とされなければならないかを具体的、個別的に立証すべきであるが、本件ではかかる立証はなされていない。
(二) 本件条例九条一号該当性について
本件条例九条一号は、プライバシーに関する情報の公開禁止について定めたものであるが、裁判例によれば、プライバシーとは、「私生活をみだりに公開されないという法的保障ないし権利」と定義され、その侵害に対して法的救済が与えられるためには、(イ)私生活上の事実又は事実らしく受取られるおそれのある事柄であること、(ロ)一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立った場合、公開を欲しないであろうと認められる事柄であること、(ハ)一般の人々には未だ知られていない事柄であり、公開によって当該私人が実際に不快、不安の念を覚えたことの三要件を必要とするとしている。
本件でこれをみるに、一般人の感受性を基準にして、知事と交際していることがわかるというのは、通常の感受性を備えた合理的人間を基準にする限り、名誉ではあっても、決して不快の念を覚えることではないし、知事との公的な交際であり、公金が支出されている以上、公共の秩序利害に直接関係する事柄といえ、公的性格を有することは明らかであり、およそプライバシーに当たるということは考えられない。
また仮に、本件文書の公開がなんらかの意味でプライバシーを害するとしても、本件条例九条一号によって非公開の対象とできるかどうかの判断に当たっては、侵害されることによる不利益が、そのプライバシーを公開することによる公益を上回るかどうかによって決定されるべきであり、かつ、それは抽象的にではなく、具体的、個別的に立証されなければならないが、本件では、右侵害されることによる不利益は考えられないし、被告とのかかわりの程度が明らかになるということがなんらかの不利益に当たるとしても、公金の支出先を明らかにするという公益の前には、全く保護に値しないことが明白である。
なお、およそ知事など公益を実現する責任を負う人物と交際したり、物の授受をした場合は、それ自体公の関心事であるから、相手方は、当然交際がオープンになることを前提としているといわなければならないし、慶弔費を受取ったり、物を受取ったりすることは、経済的データの公開であり、そのことによる不利益は、憲法上重要な私益とはならない。また、文言上も支払金額や、氏名の公表は、九条一号のどの文言にも該当しない。
(三) 本件条例八条一号該当性について
本件条例八条一号の記載は、「法人その他の団体に関する情報……であって」かつ「公にすることにより……競争上の地位その他正当な利益を害すると認められるもの」であり、前段、後段二つの要件が満たされてこそ、同条項に該当するものであるから、右条項該当性の有無は、公開することによる公益と、公開によって当該事業者が被る不利益との比較衡量のうえで判断されるべきである。
本件で、当該事業者が被る不利益というのは、取引先、取引金額、単価、集金状況が明らかになるということであるが、本件では、取引先といっても、被告と取引しているということが明らかになるだけのことであり、民間事業者の場合、官公庁と取引していることは、むしろ信用のバックボーンになること、また単価も仕入単価であれば格別、売上単価及びその合計額である取引金額が公になってもなんら支障はないこと、さらに集金状況についても、個々の集金の事情を事後的に知ってもなんら事業者の不利益になるものではないこと、さらに営業上の情報という点からしても、被告とのわずかの期間の取引状況のみがオープンになるものであり、当該事業者にとって、営業実態がそれによって全面的に明らかになるというものではない。なお、当該事業者の氏名や売上単価等を明らかにするということは、他の事業者が当該事業者よりも安い料金で競争に参加してくることは考えられるが、それは自由競争の原理として、他の業者にも認められなければならず、それによって利益を得るのは、被告自身であり、府民である。したがって、当該事業者が被る不利益はほとんど考えられない。それに対し、公金がどのように支出されたかを知ることは、納税者であり、主権者である国民の権利であり、公金の使途が適正であるかどうかを知ることは、公的関心事であり、重大な公益であるうえ、公金の使途を明らかにすることは、行政の腐敗、議会と行政の癒着の防止による行政の質の向上や、政府への信頼の増加、納税意識の向上を図ることにもなり、その公益性は重大であって、比較するまでもなく、公益性が優先することが明らかである。
第三 証拠〈省略〉
理由
一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二同2の(一)ないし(三)の事実は、本件各処分の決定書及び異議申立棄却の決定書が原告らに送達された日時を除いては、いずれも当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第九号証及び弁論の全趣旨によれば、本件各処分の決定書が原告らに送達されたのは昭和六〇年一〇月三一日であり、異議申立棄却の決定書が原告らに送達されたのは昭和六一年四月九日であることが認められる。
三そこで、本件文書が、本件条例の非公開事由に該当するか否かについて順次、判断する。
1 本件文書の内容等
〈証拠〉を総合すれば、以下の事実が認められる。
(一) 本件文書は、被告の交際費に関する文書であるところ、右交際費の支出は、経費の性質上、即時現金払いの必要があるため、地方自治法二三二条の五、同法施行令一六一条一項一四号、府財務規則三六条一一号の規定に基づき、資金前渡の方法によってなされ、具体的には、議会が議決した予算の範囲内において、経費支出伺、支出命令伺によって毎月一定額の現金の前渡を受け、これを資金前渡職員である府知事室秘書課長(昭和六二年一一月からは組織機構改革により府秘書課長となる。)が保管し、必要に応じて支払に充てるものである。本件文書は、右のようにして前渡を受けた資金を現実に交際費として執行するに際し、作成される書類であり、具体的には、(イ)債権者の請求書・領収書(以下「債権者請求書等」という。)(ロ)歳出現金出納簿、(ハ)支出証明書(支出を証する書類であり、以下「支出証明書」という。)であって、それを支出内容別にみると(A)慶弔・見舞い等に関するもの、(B)各種団体及びその主催行事等への賛助・協賛に関するもの、(C)餞別に関するもの、(D)懇談に関するものから成る。以上の文書の形式と内容とを対比検討すると、債権者請求書等は右(D)の支出内容に対応するものであり、歳出額現金出納簿は右(A)ないし(D)の支出内容のいずれにも対応するものであり、支出証明書は右(A)・(C)の支出内容及び(B)の支出内容のうち領収書の発行されないものに対応するものである。
(二) 右(イ)の債権者請求書等は、知事が懇談会等で、外部の飲食店等を利用した際の請求書等が主なものであり、右請求書等には、懇談の日時、場所、出席人数、金額が記載され、懇談、会合の名称、出席者氏名等は原則として記載されないが、府の担当者において、右出席者氏名を、メモ書き等の形で記載することもある。右(ロ)の歳出額現金出納簿とは、現金の出納状況を、年月日、摘要、金員の受け払い状況とその残額とに分けて記載し、備考欄にその使途等を具体的に記載するものであり、前記(A)ないし(D)の支出内容の一切が、その慶弔・見舞い・賛助・協賛・餞別・懇談の相手方、支出金額とともに記載されるようになっている。右(ハ)の支出証明書とは、社会通念上、領収書が得られないような支出、たとえばお祝い、香典等の支出の場合、支出の内訳、明細を記載する書類であり、右支出の都度作成されるが、特に決まった様式というものはないようである。
(三) 本件期間中の、被告の交際費は約二〇〇万円であるが、そのおおまかな内訳は、(A)の支出内容に関するものが六割強であり、(B)の支出内訳に関するものが約三割であり、(C)及び(D)の支出内容に関するものが残りの一割位である。なお、右(A)の支出内容の中には、外国の使節等が被告を表敬訪問した際などに渡す土産代なども含まれているが、右使節等と飲食を伴う懇談等をする場合は、府の国際交流課が所管する外事費という費目から支出され、交際費からは支出されない。また、被告が、府会議員、マスコミ関係者その他と懇談する費用は、交際費ではなく別の費目から支出されている関係で、(D)の支出内容に関する費用は、ごくわずかである。
(四) 被告の交際費の支出は、被告が秘書課長らの意見を聞いた上で、支出の要否及びその金額を決定するが、その基準としては、慶弔・見舞い・お祝い・香典・餞別及び協賛・賛助等については、当該団体、個人等と府との関わりの濃淡、府にたいする貢献度の大小等を斟酌、勘案し、また過去の例なども参考にして決めるが、特にそれについて、明確に文書化された内部基準があるわけではない。もっとも、当然のことながら、右支出対象は、被告の知事としての公的な交際の相手方に限られるし、支出の要否、金額については、右府への貢献度等を基準にし、それを客観的に判断して決せられるものである。
以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
2 本件条例の趣旨、目的等
(一) 本件条例は、その前文において、情報の公開は、府民の府政への信頼を確保し、生活の向上をめざす基礎的な条件であり、民主主義の活性化のために不可欠なものであること、府が保有する情報は、本来は府民のものであり、これを共有することにより、府民の生活と人権を守り、豊かな地域社会の形成に役立てるべきものであること、本件条例は、このような精神のもとに、府の保有する情報は公開を原則とし、個人のプラバシーに関する情報は最大限に保護しつつ、公文書の公開等を求める権利を明らかにすることにより、「知る権利」の保障と個人の尊厳の確保に資するとともに、地方自治の健全な発展に寄与するために制定されたものであることを明らかにし、また、その一条においても、本件条例の目的が、右のようなものであることを宣言しており、基本的に憲法二一条等に基づく「知る権利」の尊重と、同法一五条の参政権の実質的確保の理念に則り、それを府政において具現するために制定されたものと認められる。
(二) 本件条例は、右のように、府の有する情報は公開を原則としながらも、その八条一号ないし六号において、公開しないことができる公文書を列記し、またその九条一号ないし三号において、公開してはならない公文書を列記しているところ、右(一)のような本件条例の趣旨、目的、理念に照らせば、右各非公開事由に該当するか否かの判断は、個人のプライバシー等の保護には最大限の努力を払いつつも、条文の趣旨に即し、厳格に解釈されなければならないことはいうまでもなく、ことに主として府の行政執行上の利益の保護を図って制定されたと考えられる八条四号、五号等の解釈に当たっては、そこで保護されるべき利益が実質的に保護に値する正当なものであるか否か、また、その利益侵害の程度が、単に行政機関の主観においてそのおそれがあると判断されているにすぎないのか、あるいはそのような危険が具体的に存在することが客観的に明白であるといえるか、さらに右のようなおそれがあるにしても、逆にそれを非公開とすることによる弊害はないか、また、公開することによる有用性や公益性はないか等を総合的に検討することが必要であることはいうまでもない。けだし、情報公開条例が、過去において行政機関の保有する文書が、行政庁側の種々の名目のもとに、ややもすれば恣意的・濫用的に秘密扱いされ、住民の知る権利を妨げ、ひいて地方自治の健全な発展を阻害する面のあったことに鑑み、それらの弊害を除去するために制定されたことは公知の事実であり、そのようにして制定された情報公開条例の非公開事由該当性を、もっぱら行政機関の側の利便を基準に、その主観的判断に基づいて決するとすれば、その範囲が不当に拡大する危険性があり、ひいて情報公開制度の実質的意味が失われることはいうまでもないし、また、文書を公開することによって生ずる支障にのみ目を奪われ、それを非公開とすることによる弊害や、公開することによる有用性、公益性になんら意を用いなければ、情報公開制度の運用がいたずらに硬直化したものとなり、ひいて将来的、長期的にみた地方自治の健全な発展が望めないこととなるからである。
(三) そこで、以下、右のような観点から、本件文書が本件条例の非公開事由に該当するか否かについて検討する。
3 本件文書の本件条例の非公開事由該当性について
(一) 八条四号該当性について
(1) 本件条例八条四号は、府機関等「が行う調査研究、企画、調整等に関する情報であって、公にすることにより、当該又は同種の調査研究、企画、調整等を公正かつ適切に行うことに著しい支障を及ぼすおそれのある」情報が記録された文書を公開しないことができる旨定めているところ、成立に争いのない乙第二号証(府公文書公開等条例の解釈運用基準―昭和五九年九月府作成―以下、単に「運用基準」という。)を参考としつつ、同条号の趣旨を審究すれば、同条号は、行政機関における意思形成過程は、情報の収集、調査、企画、調整、内部的な打合わせ、関係機関との研究、検討、協議等を繰返しながら行われるものであり、その過程の情報の中には、公文書としての決済、閲覧こそ終了しているが、それが意思形成過程の一場面に過ぎないため、行政機関内部で十分検討、協議がなされていない情報や、精度の点検がされていない情報などが含まれている場合があり、これらの情報が公開されることにより、府民に誤解、混乱を与えたり、行政内部の自由卒直な意見交換が妨げられたりするおそれがあるので、これらを防止するとともに、当該調査研究、企画、調整等が終了した後においても、公開すると同種の調査研究、企画、調整等を公正かつ適切に行うことに著しい支障を及ぼすおそれるのあるものは、これを公開しないことができるものとしたと解され、具体的には、行政機関内部の検討案等、調査研究におけるノウハウ、調査内容等、各種会議、意見交換の記録、資料等、行財政運営上の必要な調整、協議等に関する情報等がこれに該当すると考えられる。
(2) そこで本件文書が、本条号に該当するか否かについて検討するに、本件文書のうち、前記1の(A)、(C)の支出内容、すなわち慶弔・見舞い・餞別等に係る文書は、いずれも儀礼的な交際に関するものであって、右のいうような調査、研究、企画、調整等に関する情報ではないことは明らかであるし、また、同(B)の支出内容、すなわち賛助・協賛に係る文書についても、本件文書は、その支出先と支出年月日及び支出金額のみを明らかにするものであり、それ以上に、具体的な各種団体等と府との関わり合い、協議内容等を明らかにするものではないのであるから、右も、同条号に該当しないことが明白である。さらに、同(D)の支出内容、すなわち懇談に係る文書についてみると、たしかに懇談の具体的内容それ自体は、右条号に該当する可能性があるものの、右支出内容に対応する本件文書である債権者請求書等及び現金出納簿には、右懇談内容自体は、全く記載されていないことが明らかであるから、右文書についても本条号に該当しないといわなければならない。もっとも、右(D)の支出内容に係る文書については、懇談の名称、その出席者氏名等の記載の仕方によっては、ある程度、その名称自体からその内容を推知できる場合もあると考えられるが、それによって推知できる内容というのはおのずと限られた範囲の、かつ抽象的な事柄と考えられるのであって、前記(1)認定のような本条号の趣旨からすれば、そのような種類の情報をも本条号が非公開の対象としているとは認めがたい。
(3) また、仮に、右懇談に関する文書の記載内容が、広い意味で本条号にいう企画、調整等に関する情報に当たるとみるとしても、それを非公開とすることができる要件としては、それらの企画、調整等を公正かつ適切に行うことに著しい支障を及ぼすおそれがあることが必要であるところ、本件で、右懇談に関する文書から推知できる情報というのは、前記のように、限定された範囲のかつ抽象的な内容のものであって、それが公開されることにより、右事務・事業の遂行に支障の生ずる危険性が具体的に存在し、それが客観的に明白であるといえないことは明らかである。
(4) もっとも、右懇談に係る文書が公開されるとすれば、被告との懇談に係る相手方たる団体、個人によっては、右懇談及びそれに伴う飲食等の事実を逐一公開されることによる種々の社会的影響を懸念し、またそれによる煩わしさを厭い、被告との懇談を回避、拒絶するようになるなどの事態も全く考えられないではなく、ひいて同種の事務・事業の遂行に支障が生ずるおそれがあるとも考えられないでもない。
(5) しかしながら、前記2の(二)のとおり、本条号で保護されるべき府の行政執行上の利益は実質的に保護に値する正当なものでなければならないところ、本件文書に記載されている被告との懇談の事実は公的な事柄に関することであり、かつその費用も、本来、府民にその使途を明確にすべき公金から支出されているのであるから、そのような懇談・飲食の機会を持った当該団体ないし個人は、その懇談・飲食の外形的事実が明らかにされることによって、なんらかの社会的影響等を被ることがあったとしても、それはけだし止むを得ない事態であり、甘受すべき事柄というべく、かかる団体ないし個人に対し、右懇談・飲食の事実を一般府民に秘匿することを保証し、それによって、当該団体ないし個人の府に対する行政施策等についての協力関係を取り付けることまでが、本条号で保護されるべき府の行政執行上の利益とは到底解しがたい。
(6) また、前記2の(二)のとおり、本条号にいう「当該又は同種の調査研究、企画、調整等を公正かつ適切に行うことに著しい支障を及ぼすおそれ」があるか否かの判断に当たっては、文書を公開することによって生ずる右支障、弊害を検討するだけではなく、文書を非公開とすることによって生ずるおそれのある弊害や、また文書を公開することによって当該事務の公正かつ適切な執行に資する面がある場合には、そのような有用性、公益性をも総合考慮することが必要であるというべきところ、仮に本件文書を公開することによって、ある団体ないし個人との懇談・飲食の事実が明らかになり、それに伴い、一時的には当該団体等から行政施策上の協力を得られなくなるなどの支障、弊害が生ずるおそれがあるとしても、右のような支障、弊害をおそれる余りそれを非公開とするとすれば、右懇談に伴う飲食費の使途、明細が一般府民には全く明らかにされないままになり、それらが真に適切に用いられているか、不必要な使途がないか等を監視、検討する機会が奪われてしまうことになるという弊害が予測されること、逆に、本件文書を公開するとすれば、その使途、明細が、府民の自由な批判にさらされ、一時的には混乱や支障が生じたとしても長期的かつ将来的にみた場合、右懇談等の事務の適正化を期することができるという有用性、公益性があること、なお、これらの判断に際しては、公金による飲食を伴う懇談等が、とかく安易になされ、かつその範囲、程度が拡大しがちな傾向を持つことを十分に考慮する必要のあること等を総合考慮すれば、本件では、本件文書を、非公開とすることによってもたらされる弊害及び公開することによって生ずる有用性、公益性が、本件文書を公開することによって生ずるおそれのある支障、弊害を上回って余りあることは明白であるといわなければならない。
(7) したがって、本件文書は、本件条例八条四号に該当しないというべきである。
(二) 八条五号該当性について
(1) 本件条例八条五号は、府機関等「が行う取締り、監督、立入検査、許可、認可、試験、入札、交渉、渉外、争訟等の事務に関する情報であって、公にすることにより、当該若しくは同種の事務の目的が達成できなくなり、又はこれらの事務の公正かつ適切な執行に著しい支障を及ぼすおそれのある」情報が記録された文書を公開しないことができる旨定めているところ、運用基準を一つの参考としつつ、同条号の趣旨を審究すれば、同条号が文書の非公開を定めている理由は、(イ)行政機関が行う事務・事業の中には、取締り・立入検査の要領や試験問題などのように事務・事業の性質、目的等からみて、執行前あるいは執行過程で、情報を公開することにより、当該事務・事業の実施の目的を失い、又は公正かつ適切な執行に著しい支障を及ぼし、ひいては府民全体の利益を損なうものがあること、また、(ロ)行政機関が行う交渉、渉外、争訟等の事務(以下「交渉等の事務」という。)は、その性質上、一時に処理しうる事柄ではなく、最終的な合意の成立あるいは紛争の解決に向けて、関係者間で継続的な折衡と調整が必要とされる事務であるところ、右折衡、調整等の過程で出された種々の意見等(以下「折衝過程意見等」という。)を逐一明らかにすることとすると、自由な発言、意見交換等が妨げられ、ひいて、最終的な合意の成立あるいは紛争の解決も困難となること、また、これら対外的な交渉等の事務を行うについては、行政機関内部で意思を統一し、それに対する計画、方針を立て、対応策を検討する必要があるが、それらの計画、方針、対応策(以下「対応策等」という。)が事前にあきらかになっては、当該交渉等の事務の適切、有効な処理に支障をきたすうえ、ある程度反復、継続して生ずる可能性のある交渉等の場合には、当該交渉等の終了した後も、その対応策等を公開しては同種事案の処理に支障をもたらす可能性のあること等にあると考えられ、右(イ)に関する具体例としては、取締り、監督、立入検査に関する情報、試験、入札に関する情報等がこれに該当し、右(ロ)に関する具体例としては、交渉、渉外に関する情報、争訟に関する情報等がこれに該当すると解される。
(2) 本件文書についてこれをみるに、前記1認定のような本件文書の内容に照らせば、本件文書が、右(イ)のような性質の情報を含むものでないことは明らかである。そこで、右(ロ)のような性質の情報を含むか否かにつき検討するに、本件文書は、被告が、諸外国や各地方公共団体等を含む種々の団体や個人との交際の状況に関する記録であり、広義かつ形式的には、本条号にいう「渉外等の事務に関する情報」が記録されている文書に該当するようにみえないでもないこと、なお、運用基準中の本条号についての解説にも、右条号にいう「渉外」とは、「外国、国、地方公共団体、民間団体等と行う府の行財政運営等の推進のための接遇、儀礼、交際等に係る事務をいう。」とされ、また、渉外に関する情報の具体例として「接遇、儀礼、交際等の記録」が掲げられていること等にも照らせば、本件文書は、「渉外等の事務に関する情報」が記録された文書として、同条号に該当するように考えられないでもない。
(3) しかし、そもそも「渉外」とはその字義からも、また一般の用例からも、主として外国との折衝、協議、調整にかかる事務を意味するものであって、それに国内の諸団体との折衝等も含まれるか否かは問題であるし、それはさておいても、右渉外に関する事務が、交渉や争訟と並んで、本条号に記載された趣旨、理由が前記(1)のようなものであると考えられることからすれば、右渉外に、国内の諸団体との交渉を含めて考えるとしても、そこで非公開にすることによって保護されるべき情報は、右折衝、協議、調整等の過程での種々の意見、言動(折衝過程意見等)あるいは行政機関のそれに対する計画、方針、対応策(対応策等)であることが明らかであるところ、本件文書のうち、前記1の(A)ないし(C)の支出内容、すなわち慶弔・見舞い・お祝い・餞別・賛助・協賛の支出状況を記載した文書(現金出納簿及び支出証明書)が、右折衝過程意見等及び対応策等の情報が記録された文書に当たらないことは明白であるし、同(D)の支出内容、すなわち懇談に係る費用の支出を記載した文書(債権者請求書等及び現金出納簿)も、前記1認定のとおり、その懇談の具体的内容を記載したものではなく、単に、その懇談の名称、開かれた日時、場所、それに支出された金額を明らかにするに過ぎないものであるから、右折衝過程意見等及び対応策等の情報が記録された文書ということはできない。
(4) もっとも、証人森繁の証言及び弁論の全趣旨に照らせば、府知事という被告の職務の性質からすれば、儀礼的な接遇、交際等とはいっても、外国を含む広範囲な諸団体や個人との交際がその中に含まれることが明らかであり、その接遇、交際等の内容、程度は、広い意味での府の交渉、渉外に関する計画、方針、対応策(対応策等)の中に含まれるとみる余地もないでもないうえ、右接遇等の内容、程度を逐一明らかにすることは、それが儀礼的な交際の面とはいえ、府の当該国、国内の諸団体、個人に対する評価、位置付けを明らかにすることにもつながり、府と関係のある諸団体、個人等の中には、他と比較した場合の、自己の府による評価、位置付け、処遇に対して不満を抱き、それによって府に対し、行政施策遂行の面で非協力的態度をとるようになるなどの事態が全く考えられないではなく、ひいて、反復継続されるそれら諸団体、個人との同種交際あるいは右交際を基礎にした行政施策の円滑な執行を妨げるおそれがないとはいえないとも考えられる。
(5) しかし、前記(1)のような本条号の趣旨、制定理由に照らせば、本条号が本来的に予定している対応策等は、もっぱら、他と対抗関係に立つ行政事務執行の適正・有効を確保するためのものと考えられるから、そのような対抗関係を必ずしも含まない接遇、交際の内容までが、その中に含まれると解することはやはり無理があることは否定できない。また、仮に右接遇等の内容が、対応策等に含まれる余地があるとしても、前記2の(二)のとおり、本条号で保護されるべき府の行政執行上の利益は実質的に保護に値する正当なものでなければならないところ、右接遇等の内容を秘匿することによって保護されるべき府の行政執行上の利益とは、府の諸団体、個人に対する評価、位置付けを公表しないことによって、それら諸団体との円滑な交際を継続し、それに基づいて行政施策等への協力を求めうるという利益に帰すると考えられるが、前記1認定のとおり、右のような府による評価、位置付けは、あくまで府と当該団体、個人等との関係、すなわち当該団体等の府との関わりの濃淡、府に対する貢献度の大小等によって客観的に決せられるものであり、かつそうあるべきものなのであるから、それに対し不満を抱き、ひいて大阪府に対する態度を変化させるものがあったとしても、それはけだし止むを得ない事態であるというべきであり、そのような不当な不満を回避することまでが、本条号で実質的に保護されるべき府の正当な利益とは認めがたい。なお、視点を変えて考えても、右のような府による評価、位置付けは、慶弔・見舞い等の交際費の金額のみによって明らかになるものではなく、種々の褒章あるいは慶弔等の行事への知事の出席の有無さらには種々の会合の席次等でもおのずと示され、一般に了知されていることであって、右金額が明らかにされなければ、その一切が秘匿されるというものではないのであって、慶弔等の金員の出捐を伴う場合のみ、それが秘匿されなければならないという実質的な根拠、必要性にも乏しいと考えられる。
(6) また、前記2の(二)のように、本条号にいう「当該若しくは同種の事務の目的が達成できなくなり、又はこれらの事務の公正かつ適切な執行に著しい支障を及ぼすおそれ」、ことに、後段の事務の公正かつ適切な執行に著しい支障を及ぼすおそれがあるか否かの判断に当たっては、文書を公開することによって生ずる右支障、弊害を検討するだけではなく、文書を非公開とすることによって生ずるおそれのある弊害や、また文書を公開することによって当該事務の公正かつ適切な執行に資する面がある場合には、そのような有用性、公益性をも総合考慮して決せられるべきところ、仮に本件文書を公開することによって、前記のような諸団体、個人に対する評価、位置付けが明らかになり、それに伴い、一時的にある程度の支障、弊害が生ずるおそれがあるとしても、右のような支障、弊害をおそれる余りそれを非公開とするとすれば、決して少なからぬ額の本件の交際費の使途、配分が一般府民には全く明らかにされないままになり、右使途、配分が公正、適切になされているか否か、実施機関の恣意、濫用にわたるものがないか等を監視、検討する機会が奪われてしまうことになるという弊害が予測されること、逆に、本件文書を公開するとすれば、その使途、配分が、府民の自由な批判にさらされ、一時的には混乱や支障が生じたとしても長期的かつ将来的にみた場合、右交際等の事務の公正、適切さを確保できるという有用性、公益性があること、なお、これらの判断に際しては、交際費という費用の性質とそれが政治の掌に携わる者の全く自由な裁量に委ねられることの危険性を十分に考慮する必要のあること等を総合考慮すれば、本件では、本件文書を、非公開とすることによってもたらされる弊害及び公開することによって生ずる有用性、公益性が、本件文書を公開することによって生ずるおそれのある支障、弊害を上回って余りあることは明白であるといわなければならない。
(7) したがって、本件文書は、本件条例八条五号に該当しないというべきである。
(三) 九条一号該当性について
(1) 本件条例九条一号は、「個人の思想、宗教、身体的特徴、健康状態、家族構成、職業、学歴、出身、住所、所属団体、財産、所得等に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、特別の個人が識別され得るもののうち、一般に他人に知られたくないと望むことが正当であると認められる」情報が記録された文書については、これを公開してはならない旨定めているところ、運用基準を参考としつつ、本条号の趣旨を審究すれば、本条号は、本件条例の前文及び五条でもうたわれている個人のプライバシーの保護を目的としたものであり、個人の尊厳の確保、基本的人権の尊重のため、個人のプライバシーは、最大限に保護されるべきであるとの観点に立ち、また、プライバシーは、一旦侵害されると、当該個人に回復困難な損害を及ぼすことに鑑み、個人のプライバシーに関する情報については、八号各号と異なり、実施機関に非公開義務を課したものであり、具体的には、個人の内心の秘密、心身・家庭・財産状況、経歴等に関する情報等がこれに該当すると考えられる。
(2) 本件文書が、本条号に該当するか否かの判断に当たっては、まず、その前提として、プライバシーの権利の一般的内容及び本件条例で保護の対象となっているプライバシーの権利の具体的内容を検討、確定することが必要であると考えられるところ、プライバシーの権利とは、一般的には、私生活をみだりに公開されないという法的保障ないし権利であり、その侵害に対して法的救済を求めうるには、公開された内容が、(イ)私生活上の事実又は事実らしく受け取られるおそれのある事柄であること、(ロ)一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立った場合、公開を欲しないであろうと認められる事柄であること、(ハ)一般の人々には未だ知られていない事柄であることの三要件を必要とすると解されるが、前記(1)のような本条号の規定の例示内容に照らせば、本条号が法的保護を図っているプライバシーの権利も、まさに右三要件に該当するような種類、性質の事柄であると認められ、とすれば、本条号該当性の有無は、本件文書記載の情報が、右のような種類の情報に当たるか否かという観点から判断されるべきものである。
(3) そこで、本件文書が、本条号に該当するか否かについて検討すると、本件文書のうち、前記1の(A)ないし(C)の支出内容、すなわち、慶弔・見舞い・協賛・賛助・餞別等については、その相手方とその支払金額・支払年月日が記載され、また(D)の支出内容、すなわち懇談の費用については、被告との懇談の日時、場所、それに要した費用が記載されている文書であって、特定の個人か識別され得る情報ではあるものの、いずれも知事という立場にある被告との公的交際の状況を記した文書であり、当該団体あるいは個人の私生活上の事実を記載したものとはいえないと考えられるし、知事たる被告との交際の事実が、一般人の感受性を基準にして当該団体あるいは個人の立場に立った場合、公開を欲しない事柄であり、本条号にいう「一般に他人に知られたくないと望むことが正当であると認められる」事柄に当たるともいえないと考えられるから、結局、本件文書に記載されている情報が、本条号で列挙されている各種の事項に該当し、あるいはそれに準ずるものとして、前記のようなプライバシーの侵害につながるおそれがある情報ということはできない。
(4) もっとも、前記(二)の(4)のように、本件文書は、諸団体、個人等に対する接遇、交際の内容、程度を明らかにすることによって、知事の交際の相手方に係る府の評価、位置付けを示すものではあるが、しかし、前記の1のように、右はあくまで当該個人ないし団体と府との公的関係における評価、位置付けであり、私生活上の事実とはいえないと考えられるし、また、そのような評価、位置付けが、一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立った場合、必ずしも公開を欲しないであろうと認められる事柄であるといえるか否かも疑問であり、本件文書が右のような情報を含むことをもって、本件文書の記載内容が本条号に該当するということもできない。なお、被告の交際に係る団体ないし個人によっては、慶弔・見舞い・賛助金等の金額について、自己の予測あるいは他と比較しての扱いについて、正当に遇せられていないとして不満を抱き、ひいて公開を望まない者も全くいないとは言い切れないが、地方公共団体等による個人ないし団体に対する公的評価の公表が、右のような意味でプライバシーの侵害に当たるとすれば、褒章、表彰等、金銭面以外でかつ金銭による評価に比較して、そのもたらす影響が決して小さくはない公的評価及びそれを記載した文書は、ほかにも種々考えられることはいうまでもなく、それらもすべてプライバシーの侵害につながるとして公表できないことになり、本条例の趣旨に著しく反することはもとより、プライバシーの権利についての一般的理解ともかけ離れた結果をもたらすことは明らかであって、そのことを理由に、本件文書が本条号に該当するということができないことは明らかである。
(5) したがって、本件文書が、本条号に該当するということはできない。
(四) 八条一号の該当性について
(1) 本件条例八条一号は、「法人(国及び地方公共団体その他の公共団体を除く。)その他の団体(以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、公にすることにより、当該法人等又は当該個人の競争上の地位その他正当な利益を害すると認められる(人の生命、身体若しくは健康に対し危害を及ぼすおそれのある事業活動又は人の財産若しくは生活に対し重大な影響を及ぼす違法な若しくは著しく不当な事業活動に関する情報を除く。)」情報が記録された文書については公開しないことができる旨を定めた規定であり、運用基準を参考としつつ、本条号の趣旨を審究すれば、本条号は、府は、許認可、補助、調査等の事務・事業を通じて、事業を営む者の情報を収集しており、これらの情報は、事業を営む者から収集したものであっても、原則として公開するが、しかしながら、事業を営む者は、雇用の場の確保、社会への財やサービスの供給、社会費用の分担等を通じて、社会全体の利益に寄与しており、その適正な活動は、社会の維持存続と発展のために尊重、保護されなければならないとの観点から、営業の自由の保障、公正な競争秩序の維持等のため、社会通念に基づき判断すると、競争上の地位を害すると認められる情報その他事業を営む者の正当な利益を害すると認められる情報については、一定の場合を除き、公開しないことができるとしたものと解され、具体的には、生産技術等に関する情報(特許によるものを除く。)、販売、営業等に関する情報、経理、労務管理等に関する情報、信用上不利益を与える情報等がこれに該当すると解される。
(2) そこで本件文書が、本条号に該当するか否かについて検討するに、本件文書のうち、本条号の該当性の有無が問題となるのは、債権者請求書等のみであるところ、前記1認定の事実によれば、債権者請求書等に記載されるのは、懇談等に使用された飲食店等の場所、名称とその飲食に係る料理等の売上単価及びその合計金額のみであり、それ以上に特に当該飲食店を経営する法人ないし個人(以下「当該飲食業者」という。)の営業上の有形、無形の秘密、ノウハウ等が記載されているわけではないのであるから、右債権者請求書等に記載されている情報が、公開されたとしても、それによって、特に当該飲食業者の競争上の地位が害されるとは考えられないし、また、地方公共団体たる府による利用の事実が明らかになったからといって、そのことにより、当該飲食業者が社会的評価の低下等、その有する正当な利益を害されるとは認めがたい。
(3) もっとも、本件文書中の債権者請求書等が公開されることによって、府が当該飲食業者を利用しているという事実並びにその利用の際の料理等の売上単価及び飲食金額が、一般に明らかになり、それによって、他の飲食業者が、より安い価格で、大阪府の利用を求めるなど、競争の激化の可能性が全く考えられないわけではないが、それは自由競争の原理に立つ社会において、まさに公正な競争秩序にほかならず、それを避ける利益が、本条号にいう「競争上の地位その他正当な利益」に当たらないことはいうまでもない。なお、被告は、接客業の場合は、その利用者の氏名等や利用内容を他人に明かさないことが信用を保つ上で重要であるところ、債権者請求書等の公開は、右のような利益を害することになる旨主張するが、本件は、その利用者の側から利用の事実を公表する場合であって、右公表が接客業者たる当該飲食業者の営業上の信用の失墜につながるものでないことはいうまでもないから、右主張は理由がない。
(4) したがって、本件文書は、本件条例八条一号にも該当しないというべきである。
4 以上のとおり、本件文書は、本件条例の非公開事由のいずれにも該当しないというべきである。
四よって、被告が本件文書を非公開とした本件各処分は、いずれも違法であるから、これを取消すこととし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官山本矩夫 裁判官及川憲夫 裁判官徳岡由美子)